2019年08月18日

京都アニメーションさんの放火事件から1か月を迎えます(2019年8月22日追記あり)


*この記事は 2019年7月21日付記事 の続きです。

2019年7月18日午前10時半頃、京都市の「京都アニメーション」第1スタジオに火
をつけ、自らも全身に大やけどを負って入院中の41歳の男は、意識は回復したもの
の、依然容体は取調べができる状態ではないということです。

事件から今日で1か月を迎えますが、事件の全容解明は相当時間がかかりそうです。

本当に辛い、悲しい事件ですが、事件に遭い助かった京アニさんのスタッフの方々の
中には、すでに現場に復帰されて新作の製作に取り組まれている方もらっしゃるという
お話しが、報道で伝えられています。次の『京都新聞』さんの関連リンクをご覧ください。

 関連リンク)
  『京都新聞』 2019年8月18日11時30分付記事
  「ひるまずアニメ作る」 京アニ放火殺人1カ月、負傷社員は前へ
 京都市伏見区桃山町因幡のアニメ製作会社「京都アニメーション」(京アニ)第1スタジオが放火され、男女35人が死亡、34人が重軽傷を負った事件は18日、発生から1カ月を迎える。惨劇の現場から脱出した男性社員が京都新聞社の取材に応じ、瞬時に黒煙と熱風が迫ってきた状況を生々しく語った。今は、同僚と「ひるまず作り続けよう」と励まし合い、悲しみの中にも前を向き始めた。

〔中略〕

 黒煙で視界が遮られる中、かすかに見える光に向かって、口に手を当て姿勢を低くして進み、必死の思いでベランダまでたどり着いた。既に飛び降りた同僚から「生きるぞ! 降りろ! まだ助かるよ!」と励まされた。地面まで4、5メートル。手すりを乗り越えてぶら下がり、転げながら着地した。周りには気を失った人、服の焼け焦げた人が倒れていた。

 腕と腰を負傷し救急搬送されたが、夜には帰宅できた。ニュースで放火事件だと知った。第1スタジオのほぼ全社員は消火・避難訓練に参加していたが、「消火器も避難経路も全く役に立たなかった」と振り返る。

〔中略〕

 取材に対応する理由は、「僕が話すことで、次に助かる命があれば」との思いがあるからという。今は仕事に復帰し、生き残った同僚と新作の製作に励む。「仕事で手を動かす方が気が晴れる。皆、同じ気持ちでは」とおもんぱかる。「容疑者に対抗する一番の手段は、ひるまずに作ること。従来通りの作品を従来通りのクオリティーで作っていきたい」。自らを奮い立たせるように語った。

出典)上記、『京都新聞』 2019年8月18日付記事より抜粋。

「僕が話すことで、次に助かる命があれば」とのスタッフの方のお言葉を、
皆さまはどのように受け止められましたでしょうか。
ここではとても書き尽くすことはできないと思います。
私はただただ、取材に応じてくださったことがありがたくて仕方ありません。

同時に今日、容疑者の男が実際に京アニさんへ自作小説を応募していたことが捜査
の結果明らかになったことも報じられました。作品の内容は学園を舞台にしたもので、
「小説として読める」ということです。次の『東京新聞』さんの関連リンクをご覧ください。

 関連リンク)
  『東京新聞(TOKYO Web)』 2019年8月18日付 朝刊記事
  京アニ放火1カ月 「学園もの」小説応募 青葉容疑者、聴取なお未定:社会
 三十五人が犠牲になった京都アニメーション放火殺人事件で、さいたま市の青葉真司容疑者(41)=殺人などの容疑で逮捕状=が、京アニの人気作品と同じジャンルの「学園もの」など複数の小説を同社に応募していたことが十七日、捜査関係者への取材で分かった。

 青葉容疑者は事件直後に身柄を確保された際、「小説を盗まれた」と話しており、強い思い入れを持っていたとみられる。事件は十八日で発生から一カ月。京都府警は小説が動機解明の鍵とみて京アニ関連の押収資料やインターネット上の投稿の分析を進める。やけどの症状が依然重い青葉容疑者の聴取や逮捕の見通しは立っておらず、捜査は長期化しそうだ。

 京アニには、学校生活や部活動を通して青春を描く「けいおん!」「響け!ユーフォニアム」など「学園もの」の人気作品がある。同社は小説などの作品を公募し、大賞に選ばれればアニメ化もしてきた。
 
 過去に青葉容疑者と同姓同名で、住所と電話番号も一致する人物から小説の応募があり、捜査関係者によると、府警は青葉容疑者本人と判断。形式面の不備で一次審査で落選したが「小説として読める内容」(捜査幹部)だったという。

 青葉容疑者の自宅アパートからは、原稿用紙のほか「響け!−」のサイン色紙や、作品の書籍などが押収された。捜査関係者は「元々は京アニ作品が好きでファンだったのでは」と推測する。小説を巡り一方的に恨みを募らせた可能性があるとみて、府警は押収したタブレットやスマートフォンのデータや検索履歴の解析を進めている。

 入院中の青葉容疑者は重篤な状態は脱したものの逮捕、勾留し取り調べができる状態に回復するまで数カ月以上かかる見通し。

出典)上記、『東京新聞』 2019年8月18日付記事より抜粋。

「元々は京アニ作品が好きでファンだったのでは」と、
捜査関係者の方は推測されているとの報道ですが、
ならどうして? という疑問が増すばかりです。

 関連リンク)
  『毎日新聞』 2019年8月8日 3時0分 付記事
  7年前、強盗捜査時「ガソリンで放火」言及 京アニ放火容疑者
京都市伏見区のアニメ制作会社「京都アニメーション」第1スタジオで起きた放火殺人事件で、逮捕状が出ている青葉真司容疑者(41)が2012年に起こした強盗事件の捜査段階で、過去にガソリンを使った放火を考えたと言及していたことが、関係者への取材で判明した。服役後は福祉につなぐ国の「特別調整」の対象になり、埼玉県内の民間の更生保護施設に約半年間いたが、今回の事件が起き、再犯防止の難しさを示した。

〔後略〕

出典)上記、『毎日新聞』 2019年8月8日付記事より抜粋。

2012年のコンビニ強盗の際、
逃げられないと思った容疑者はすぐ警察に自首しました。

本題から逸れる話で恐縮ですが、コンビニ強盗などを犯し直後に自首したとしても、
前科がある作家の小説の出版はどの出版社も慎重になりますし、その本が売れて
も舞台化や映像化となると制作者側はやはり公開に慎重になります。作家が反省
や後悔の思いを込めて、更生の経験に基づいて創作した作品なら評価されるかも
しれません。逆に犯行を自己弁護する内容なら作者の真意は顧みられることなく、
興味本位に見られて終わる可能性が高い気がします。私の余計なお節介ですが。

今はあらためて、お亡くなりになられた方々のご冥福と、
お怪我をされた方々の少しでも早い回復と復帰を、心からお祈りしたいと思います。

先の疑問の答えは見出せませんが、併せて、
次の当ブログ2019年7月21日付記事からの抜粋もご覧いただけたらと思います。


*当ブログ2019年7月21日付記事より一部を抜粋し再掲載しました。


〔前略〕

ここで、公開日が偶然にも事件直後と重なってしまった
新作アニメ映画『天気の子』の監督、新海誠さんの、
今回の事件を受けてのニュースサイトでのメッセージをご紹介したいと思います。

 関連リンク)
  『朝日新聞デジタル』 2019年7月19日7時49分付記事
  新海誠監督「ひるむことなく作り続ける」 京アニ思い
  https://www.asahi.com/articles/ASM7M1F8GM7LPTFC017.html
19日午前0時にスタートした「天気の子」の「世界最速上映」、その東京会場であるTOHOシネマズ新宿では上映終了後、気づかれないようこっそり観客席で見ていた新海誠監督がサプライズ登壇し、拍手と歓声を浴びた。
〔中略〕
新海監督は18日に起こった京都アニメーション放火事件に触れ、あいさつを締めくくった。
「同じ業界にいて、一枚でもいい絵を描いて、お客さんに楽しんでもらいたいと思って僕らはやっています。だからいま皆さんにお願いしたいのは、映画を楽しんでいただきたいということ。僕らはみんな、同じ船に乗っている仲間です。ひるむことなく作り続けていくことが、僕らにとって幸せなことであり、そうすべきことなんじゃないかなと思っています」
〔後略〕

出典)上記、『朝日新聞デジタル』 2019年7月19日付記事より抜粋。

もう一つの記事です。

 関連リンク)
  『スポニチ Sponichi Annex 芸能』 2019年7月19日18時21分付記事
  新海誠監督 京アニ事件に「とても、いたましい事件」
  https://www.sponichi.co.jp/entertainment/news/2019/07/19/kiji/20190719s00041000293000c.html
 新海誠監督(46)の3年ぶりの新作アニメ「天気の子」が19日、公開初日を迎え、声優陣らと都内で舞台あいさつに登壇。18日に京都市内で発生したアニメ制作会社「京都アニメーション」の放火事件について触れ、「とても、いたましい事件」と言及した。
 30分間ほど新作について和やかに語った終了間際に、司会者から「最後にメッセージをお願いします」と求められると、新海監督は沈痛な表情に一変。「ちょうど公開の前に、とても、いたましい事件もありまして、どういう気持ちで初日に臨んだら良いのかなと思ったりもしていたんですけども…」と語り出した。
 そして「ここで、みなさんのお顔を見ることが出来て、やはり僕たちの仕事というのは、どういうことがあったとしてもエンターテインメントを作って表現することで自分たちや誰かを傷つける可能性もゼロではないけれど、怯(ひる)まずに、それをやり続けていくことが自分たちの役目であり、一番やりたいことなんだなと改めて思いました」と強調。新作も「楽しい映画を作ったつもりです。青空になるような映画を作ったつもりです」と結んだ。

この日午前中にも日本テレビ「スッキリ」(月〜金曜前8・00)でも「何かを代表して話す立場にない」とした上で、「(犠牲者は)お客さんに喜んでほしくて一枚でもよい絵を、少しでも美しい絵を描きたいと技を磨いてきた人たちだと思う。あまりにも理不尽」とコメント。「表現することにリスクがあるのだとしても、怯まずにエンターテインメントを作って、差し出してみていただき、笑顔になっていただいたり、お叱りを受けることがあっても、作品で返すことを繰り返すしかない。怯まずに作り続けるしかない」と語っていた。

〔後略〕

出典)上記、『スポニチ Sponichi Annex 芸能』
    2019年7月19日付記事より抜粋。

「何かを代表して話す立場にない」と、
新海誠監督は上記のインタビューで謙虚にお話しされていますが、
新作映画の公開日が事件直後でなければ、
ほかのアニメ関係者の方々と同じようにコメントを差し控えることも
できる立場でいらっしゃったと思います。

ところが、新作公開に合わせたイベントの、
直前の準備の最中に事件の一報が届いたため、
悲しみを隠して、被害者の方々の代弁をせずにいられなくなられたのでしょう。
大変なプレッシャーだったと思うのですが、その役目を感情的になることなく、
理性的に、かつ献身的に果たしてくださいました。

こうした巡り合わせも、何かの運命なのでしょうか?

犯行が単独犯かどうかも判明しない中での事件直後のイベントは、
模倣犯への警戒も含め、慎重に考慮した上で開催の決定をされたことと思います。
観客の想いにも配慮した、プロフェッショナルのお仕事そのものだと思いました。

ご参考として、事件については触れられていませんが、
新海誠監督の次のインタビュー記事もご紹介したいと思います(取材日は不明です)。
前作『君の名は。』について批判した人を『天気の子』でもっと怒らせたいとの趣旨です。

 関連リンク)
  『Yahoo!ニュース』 2019年7月21日7時0分付記事
  独占インタビュー!
  『天気の子』新海誠監督、「君の名は。」批判した人をもっと怒らせたい
  (サンケイスポーツ)
  https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190721-00000026-sanspo-movi
〔前略〕
 「『君の名は。』は災害をなかったことにする映画だという意見をいただいた。僕は災害が起きるであろう未来を変えようとする映画、あなたが生きていたら良かったのにという強い願いを形にした映画を作ったつもりだった。でも代償なしに死者を蘇らせる映画だとも言われて…。どんどん広がっていき、本来なら見るはずがなかった人たちが映画を見て、結果、出てきた言葉だと思う」
 今作は最初から注目を集めている。「君の名は。」を批判した観客も見るだろう。
 「彼らが怒らない映画を作るべきか否かを考えたとき、僕は、あの人たちをもっと怒らせる映画を作りたいなと。人が何かに対して怒るのはすごく強いエネルギーが必要で、『君の名は。』は少なくとも何かを動かしたわけです。そういう気持ちが『天気の子』の発想につながっていった」
 主人公の帆高は、最後に、大きな決断をする。
 「ずっと窮屈だなと思っている少年が、誰も言ってくれない、政治家も報道も教科書も先生も言ってくれない言葉を叫ぶんです」
 帆高が叫んだ言葉は、彼の決断は、再び賛否両論を呼ぶかもしれない。それでも「観客がいろいろな意見をぶつけ合ってくれたら幸せに思います」。新海監督の口調は、自信に満ちていた。

出典)上記、『Yahoo!ニュース』 2019年7月21日付記事より抜粋。

腹の据わった、と言いますか、
私も敬愛する新海誠監督がいよいよ
観衆の前に本性を現すときがきたのだな、と感じました。

表現することのリスクは覚悟の上で
怯まず作品を作り続け、
怒りをぶつけられて本望だという制作者、表現者は
この世界に果たしてどれくらいいらっしゃるのでしょうか?

これまでにも、制作や表現をする立場であるが故に、大切なファンからも
命を狙われたり傷つけられたりした人は世界中にたくさんいらっしゃいます。
そのことを決して忘れてはいけないのだということを、私はあらためて思いました。

▽「やくしまるえつこ『放課後ディストラクション』360°MV」 スクリーンショットより。
 テレビアニメ『ハイスコアガール』(アニメーション制作はJ.C.STAFF)エンディング
 主題歌です。歌詞の中に「ジョンレノンは殺されたの」とあります。同じアーティスト
 として意識することを拒めない、永遠に終わらない事件なのかもしれません。
 (画像は本文とは直接関係ありません。)
190720_AfterSchoolDi(e)stra(u)ction.JPG
 (c)MIRAI records - 相対性理論 / やくしまるえつこ [Official]

 関連動画リンク)
  やくしまるえつこ『放課後ディストラクション』360°MV
  Yakushimaru Etsuko - AfterSchoolDi(e)stra(u)ction (公式)
   (2019年3月29日 に公開)

2019年8月18日17時00分追記)

まったくの偶然なのですが、上記の、
「やくしまるえつこ『放課後ディストラクション』360°MV」スクリーンショット画像にある
歌詞の中の「ジョンレノンは殺されたの」と新海誠監督の新作アニメ映画『天気の子』
との間に意外な共通点があったことを次の『現代ビジネス』2019年8月17日付記事
で知りました。直上の本ブログ記事文中との関連性がありますので、(追記)ですが、
あえてこの場所に挿入したいと思います。

専修大学教授の河野真太郎先生が、たいへん興味深い記事を
昨日、2019年8月17日付『現代ビジネス』(講談社公式サイト)に執筆されています。
(少し難解なように感じられるかもしれませんが。)

新海誠監督は、J. D. サリンジャーの『ライ麦畑でつかまえて』の愛読者でいらっしゃる
そうです。実は同じ作品を、上記のジョン・レノン殺害事件の犯人、マーク・チャップマン
(無期懲役で服役中)も、事件後現場から逃走せず、警官の到着まで読んでいたという
のです。どちらの事実も、私は今日初めて知り驚きました。『ライ麦畑でつかまえて』の
愛読者の間では有名な話だそうですので、新海誠監督ご自身もこのことは多分ご存じ
だったことと、私は想像しています(ジョン・レノンの殺害 - Wikipedia)。

映画『天気の子』の作中で、J. D. サリンジャーの青春小説『ライ麦畑でつかまえて』は、
映画の主人公の家出少年、森嶋帆高の愛読書として描かれているそうです。現時点で、
私はまだ残念なことに『天気の子』を鑑賞できていません。なので映画の内容に関する
コメントは、控えさせていただこうと思います。

 ご参考リンク)
  『現代ビジネス』 2019年8月17日付記事 (講談社公式サイト)
  『天気の子』主人公が「村上春樹訳のサリンジャー」を読んでいる理由
  「ライ麦畑のキャッチャー」と帆高の差
  (専修大学教授 河野真太郎)
  https://gendai.ismedia.jp/articles/-/66548
〔前略〕

 「きみを守る」か「世界を守る」かの二者択一

〔中略〕

そこで、この作品が、「二人か、社会か」という二者択一しか提示し得なかったことと、ミソジニー的な感性を超えられないでいるように見えること、この二つに同時に関わる作品の細部に注目してみたい。それは、帆高が携えて読んでいる、J. D. サリンジャーの『ライ麦畑でつかまえて』、正確には村上春樹による翻訳『キャッチャー・イン・ザ・ライ』の存在である。

 セカイ系としての『キャッチャー・イン・ザ・ライ』

本稿ではもともと、村上春樹と新海誠、もしくはセカイ系一般との関係を論じることを企図していたが、今回は紙幅の関係で断念せざるを得ない。 

陽菜が「100パーセントの晴れ女」であることと、村上春樹の短編「4月のある晴れた朝に100パーセントの女の子に出会うことについて」は関係が深いだろうし、この短編は『君の名は。』を想起させ、またセカイ系的なミソジニーを感じさせる作品である(この短編の影響については『ジャパン・タイムズ』でのインタビューで新海監督自身が認めている。また、同インタビューでは、『天気の子』には『海辺のカフカ』の影響があることを認めている)。

また、村上春樹および新海誠における男性性と消費者としての主体という主題も興味深い。だが、こういった主題については別論するとして、ここでは、『キャッチャー・イン・ザ・ライ』のみに議論を絞りたい。

『天気の子』に『キャッチャー・イン・ザ・ライ』(以下『キャッチャー』)が描き込まれていることには、二つの単純な説明ができる。『キャッチャー』は、主人公の高校生ホールデン・コールフィールドが放校処分となって社会からの逸脱と彷徨を経験する青春物語であり、家出少年である帆高が読むにはぴったりだということ。もうひとつは、上記の通り、新海監督が村上に大きな影響を受けていることだ。

上記のような表面的でわかりやすいつながりを超えて、『キャッチャー』と『天気の子』は、セカイ系的な感性において共有するものがある1951年にアメリカで出版された『キャッチャー』とセカイ系をつなぐというのは時代錯誤的に思われるかもしれない。

しかしここで真剣に考えたいのは、戦後アメリカのある種の個人主義とリベラリズムが、セカイ系の背景となっている新自由主義を準備した部分があるということだ。逆に言えば、セカイ系的な感性はそれほどに根深い。作品に社会問題をちりばめたら乗り越えられるといったものではないのだ。

『キャッチャー』の主人公ホールデンは、学校を否定し、社会を否定し(またそれらに否定され)、そういったものからひたすらに逃走しながら、「自己」を探究する。このような物語と態度を持つ『キャッチャー』は、一種の反体制的な文化のバイブルとなった。それが極端な形で表れてしまったのが、ジョン・レノンを射殺したマーク・チャップマンやロナルド・レーガン大統領の暗殺未遂をしたジョン・ヒンクリーが『キャッチャー』の愛読者だったという事実である。 

こういった事件が示すのは、『キャッチャー』が訴えるのが、系統立った反体制思想というよりは、とにかく社会や制度を否定する破れかぶれのアナーキズムかもしれないということである。 

ところが、そのようなアナーキズムは、いまや社会の中心に入りこんでしまったように見える。なんであれ社会的なつながりを「既得権益」「抵抗勢力」といった名の下に破壊しようとする新自由主義社会において。セカイ系的な感性は、その延長線上にある。

〔後略〕

出典)上記、『現代ビジネス』 2019年8月17日付記事より抜粋。
   (太字は原文のまま)
引用が少し長くなりましたことをまず、お詫び申し上げます。
途中を省略すると原文の意味が損なわれる心配がありましたので何卒お許しください。

新海誠監督の新作アニメ映画『天気の子』。
映画の主人公の愛読書、J. D. サリンジャーの青春小説『ライ麦畑でつかまえて』。
ジョン・レノン殺害事件の犯人、マーク・チャップマンも同じ作品の愛読者であったこと。
そして、偶然にも『天気の子』公開13時間半前に起きた
今回の京都アニメーションさんの放火事件の容疑者の男も以前、
自作の小説を同社へ応募していたということ。

それぞれに直接の関連性があるわけではないと思いますが、
何らかのつながりが全然ないとも、感じないではいられません。

なお、『天気の子』のストーリーは映画のための監督自らのオリジナルで事前の試写
会も行われていませんが、監督執筆の原作小説は2019年7月18日に書店で発売
されていますので、映画公開直前に待ちきれず本を手に取った人は意外と多かった
のではないかと想像します。

私は観ていて意識していなかったのですが映画公開前の2019年7月2日の時点で
主人公の家出少年、森嶋帆高の愛読書がサリンジャーの『ライ麦畑でつかまえて』で
あることは、「YouTube」公開の「映画『天気の子』スペシャル予報」でも映し出されて
いました。分かる人は一目で、監督の意図を見抜いていたことでしょうね。

▽映画『天気の子』スペシャル予報(2019年7月2日に公開) スクリーンショットより。
 主人公の家出少年、森嶋帆高と彼の愛読書、
 J. D. サリンジャーの青春小説『ライ麦畑でつかまえて』(村上春樹 訳)、
 原題は『The Catcher in the Rye(キャッチャー・イン・ザ・ライ)』が
 映し出されています(本の下のカップめんは、スポンサーの日清さんの製品です)。
190702_tenkinoko_01.JPG
190702_tenkinoko_02.JPG
 (c)『天気の子』製作委員会/東宝MOVIEチャンネル

 関連動画リンク)
  映画『天気の子』スペシャル予報 - YouTube (公式)
   (2019年7月2日 に公開)

〔後略〕

*以上、当ブログ2019年7月21日付記事より一部を抜粋し再掲載しました。


2019年8月22日16時30分追記)

新海誠監督の、たいへん貴重なインタビュー記事が昨日、
2019年8月21日付で発表されました。

上記の専修大学教授の河野真太郎先生の記事中、
『キャッチャー』と『天気の子』は、セカイ系的な感性において共有するものがある
の部分を意識したかのような取材者の問いを新海監督はあっさり否定されています。

 ご参考リンク)
  『Yahoo!ニュース』 2019年8月21日 18:00 付記事
  新海誠『天気の子』インタビュー
  「最悪の現状肯定」ととられる危険があるのは知っていた(KAI-YOU.net)
  https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20190821-00010003-kaiyou-ent
〔前略〕

──結果的に30〜40代に届いたということもそうですし、作品として「セカイ系の統括」という捉え方もされているようですが、それに関してはどう思いますか?

新海 そういう意識も、自分には全くありませんでした。今自分が一番気になっているテーマや、みんなが共有しているような気がする空気感の描き方が、結果的にセカイ系に見えると言われてるだけだと思うんです。

〔中略〕

僕は、『天気の子』は「帆高と社会の対立の話」、つまり「個人の願いと最大多数の幸福がぶつかってしまう話」だと思っているので、今作の中では「社会」は描いているんですよね。

デフォルメされたものであったとしても「警察」がずっと出て来るし、主人公たちは「お天気ビジネス」を通して様々な人と出会い、働いてお金を得ようとするわけで、それはそこに「社会」がないと出来ないことです。

僕のつくるものがそういうものになってきているということは、僕がどうこうというよりもみんなにとって「かつてのように社会が無条件に存在し続けると思えなくなってきている」「社会そのものが危うくなってきている」という感覚があるからこそだと思っています。

だからアニメーションの中でも必然的に「社会」があることが必要になってきている。今はそう感じています。

〔中略〕

 新海誠にとっての「運命」

──最後に1つだけよろしいでしょうか。監督は『運命』というものを、どういうものだと思っていらっしゃいますか?

新海 運命を信じるか信じないかという点では、僕は運命というものを信じてもいないですし、なんとも思ってないんです。

人生に決まったコースがあるわけではないだろうし、半分は自分の意志が必要だと思うんですが、ほとんど半分は条件反射で、その都度その都度で判断し選択してきた結果によって今に至ってると思うので。

自分がこの世界に生まれてきた役割があるんじゃないか、とも思っていません。だから運命についてはなんとも思っていないです。

── 一貫してモチーフにされている、というご自覚はある?

新海 『君の名は。』なんかはRADWIMPSの曲の中にも「運命」という歌詞がありますし、モチーフになっているところはありますね。

ただ、『天気の子』の帆高や陽菜にしても、どんな運命であっても生きていくと思うんです。どうあっても生きていく2人であってほしいというのがこの映画に関して唯一強く思っていることで。

例えばさっきの美少女ゲームの話じゃないですが、帆高が映画とは違うルートを選んだとしても、それでもやっぱり生きていってほしいし生きていく世界はあると思うんですよ。

僕は今回、『天気の子』は強い意志を感じる力強い映画になったと思うし、そういう映画にしたいと思ったんです。

それで自分自身も、この先も映画をつくっていく体力や気力みたいなものを、自分の映画の中の少年少女の行動によってもらえたらいいなという気持ちがありました。

──ルートという言葉がありましたが、物語を描く際にはいくつもあるルートの中から一つを選び取って描いているのでしょうか。

新海 そうですね。人生が選択の連続であるように、もちろん物語づくりも選択の連続ではあるんです。脚本を書く過程というのは、白紙の段階ではあらゆる可能性があって、一行書く度にその分、可能性が減っていくわけですよね。

最後にはもうこれ以上ありえないという形に脚本を持っていくんですけど、それでも無数にあり得たかもしれない別のバリエーションというものはあって、どれが優れているのかはわからない。

僕は田舎出身なんですが、東京でこの仕事をしていない、田舎に住んでいる別の自分というのがどこかにいる気が今でもするんですよ。毎日八ヶ岳をみながら車を運転して職場に通い、家で家族と食事をして、といったような、東京とは違う風景をみて毎日生活している自分が確実にいるような気がしているんですね。

僕は今の人生のほうが色んな面白い経験ができてる気もするんですけど、どっちが正しいかというのは僕には決められないし、向こうは向こうのほうがいい人生だったって思ってるかもしれない。

渾身の力で出した『君の名は。』が誰にも省みられなかった自分もいる気がするし、もっと言えば自分のデビュー作『ほしのこえ』も気持ちを込めてつくったはずなんだけど、鳴かず飛ばずで「アニメーションなんか向いてない、やめた」っていう自分もどこかにいる気がする。

そんな風に、今の自分じゃない自分がどこかにいる、それも複数いるという妙な実感のようなものがあるんです。

それが映画制作の上でもあって、僕がつくったこの『天気の子』はもうこの形しかありえないと思っているんですけど、でも他にももっと形があるかもしれないし、帆高や陽菜のラストの選択も他の形もあったかもしれないというような感覚はあるんですよね。

だから、最初の話に戻ってしまいますが、選択の分岐が見えるというのも分からなくはないな、と感じています。

『天気の子』のラストで帆高や陽菜はああいう選択をしましたが、皆さんだったらどういう選択をするのか。色んな感想が聞けるのを楽しみにしています。

(c)2019「天気の子」製作委員会

取材・文:森田将輝 取材・編集:新見直


出典)上記、『Yahoo!ニュース』 2019年8月21日 18:00 付記事より抜粋。
引用が少し長くなりましたことをまず、お詫び申し上げます。
途中を省略すると原文の意味が損なわれる心配がありましたので何卒お許しください。

映画『天気の子』をどのような思いで制作されたのかをまとめると、
新海誠監督は次のようにお話ししてくださったと思います。

今作の中では「社会」は描いているんですよね

僕のつくるものがそういうものになってきているということは、僕がどうこうというよりも
みんなにとって「かつてのように社会が無条件に存在し続けると思えなくなってきてい
る」「社会そのものが危うくなってきている」という感覚があるからこそだと思っています


『天気の子』の帆高や陽菜にしても、どんな運命であっても生きていくと思うんです。
どうあっても生きていく2人であってほしいというのがこの映画に関して唯一強く思って
いることで

僕は今回、『天気の子』は強い意志を感じる力強い映画になったと思うし、そういう映
画にしたいと思ったんです。それで自分自身も、この先も映画をつくっていく体力や気
力みたいなものを、自分の映画の中の少年少女の行動によってもらえたらいいなとい
う気持ちがありました

そうして完成した『天気の子』の初公開の上映会場でのあいさつで、
偶然にもその十数時間前に起こった今回の京アニさんの放火事件について、
新海監督はコメントを求められる側の役割を果たされました。それでも今は、

自分がこの世界に生まれてきた役割があるんじゃないか、とも思っていません。だか
ら運命についてはなんとも思っていないです

とおっしゃられています。

半分は自分の意志が必要だと思うんですが、ほとんど半分は条件反射で、その都度
その都度で判断し選択してきた結果によって今に至ってると思うので


とも。そして、次のようにもおっしゃられています。

人生が選択の連続であるように、もちろん物語づくりも選択の連続ではあるんです。
脚本を書く過程というのは、白紙の段階ではあらゆる可能性があって、一行書く度に
その分、可能性が減っていくわけですよね

(創作や表現などの)すべての可能性を実現することはできない、ということですね。
でも、それは悲観するようなことなのかというと?

皆さんだったらどういう選択をするのか。色んな感想が聞けるのを楽しみにしています

楽しみ」なんですね!

「僕は田舎出身なんですが、東京でこの仕事をしていない、田舎に住んでいる別の自
分というのがどこかにいる気が今でもするんですよ。毎日八ヶ岳をみながら車を運転
して職場に通い、家で家族と食事をして、といったような、東京とは違う風景をみて毎日
生活している自分が確実にいるような気がしているんですね」

私とは反対なんですね。私は生まれも育ちも東京都板橋区で、新宿区内の出版社で
仕事をしていましたが、今は毎日比企や入間の山々を見ながら車を運転して当店に
通い、東京とは違う風景を見て毎日生活している自分が確実にいるんです。

「渾身の力で出した『君の名は。』が誰にも省みられなかった自分もいる気がするし、
もっと言えば自分のデビュー作『ほしのこえ』も気持ちを込めてつくったはずなんだけ
ど、鳴かず飛ばずで『アニメーションなんか向いてない、やめた』っていう自分もどこ
かにいる気がする」

新海誠監督でも、そういう気はしていらっしゃったのですね。

人生が選択の連続であるように、もちろん物語づくりも選択の連続ではあるんです

しばらくは、そのことばかり考える毎日になりそうです(車の運転中は控えます)。


容疑者の男の心の中は当分の間、
誰も訊ねることはできなさそうです。


思い返してみますと、
かつて不朽の名作と謳われた大ヒット作を次々に生み出してこられた
漫画やアニメの原作者やプロデューサーの方々の中にも、
人格者として多くの人たちから慕われる方もいらっしゃれば、
トラブルメーカーと言いますか、何かと事件を起こして破天荒とも言える生き方を
されている方も少なからずいらっしゃるようです。

それを思うと私にはもう、何も言えなくなってしまいそうです。

でも、ひるまない。


次の当ブログ記事は、
新海誠監督のアニメ作品について、初めてご紹介した記事です。
どうぞご覧ください。

 ご参考記事)
  当ブログ『想い出を未来へ運ぶ始発駅*安瑠芭夢驛 しゃしんのポップ』
  2013年9月14日付記事
  新海誠監督が描く、そう遠くない未来の「家族のアルバム」
  短編アニメーション作品『だれかのまなざし』より(野村不動産提供)
  http://poppop.sblo.jp/article/75696386.html



2019年8月27日17時30分追記)

京都府警捜査本部は本日、2019年8月27日、今回の事件で亡くなられた35人の
方々のうち未公表だった25人の方々の氏名を明らかにした、ということが報道機関
から報じられました。

先にご遺族のご理解が得られて葬儀もお済みの方々の氏名は公表されていますが、
犠牲者全員の氏名の公開、報道の必要性について、私個人は疑問を抱いています。
ご遺族の皆さまのご理解が本当に得られているのかも分かりませんので、私はまだ
知らない、ということにしておきたいと思っています。
posted by 安瑠芭夢驛(アルバムステーション) しゃしんのポップ at 20:30| 未分類