2016年07月12日

【追悼】永六輔さんを偲んで。だから、今こそ『遠くへ行きたい』(食堂車で)

7月11日の午後のこと、
私も敬愛していた、放送タレントで作詞家でもあった
永六輔さん(83歳)の訃報を、ニュースサイトで知りました。
7月7日、肺炎のため都内のご自宅でお亡くなりになられたということです。
とても残念でならないのですが、謹んでご冥福をお祈りいたします。

あまり悲しいことは書きたくありませんので、
永六輔さんを偲び、故人とも縁の深かった「旅」に関するお話しを、
今回は書きたいと思います。

  乗ってから喰うか、
  喰ってから乗るか、
  ・・・・・・乗って喰うか。
  この一冊は胃袋の旅。
  そしてサヨナラ 食堂車。

         永六輔
 
 出典)『新幹線100系 乗りつぶし・食べつくし物語』 の帯より
        小川 修 著(2001年4月 成山堂書店刊)

上の文章は15年ほど前、私がまだ都内の出版社に勤めていた頃、
縁あって編集を担当させていただいた新刊本の宣伝用に、
永六輔さんに書いていただいた推薦文です。
その本の著者が永さんのご親戚だったこともあって、著者の方から
お身内を通じてお願いしたところ、快く引き受けてくださったのです。

私は一編集部員の身でありましたし、
永六輔さんは番組収録にご多忙で日頃から全国を旅してまわって
いらっしゃいましたので直接お話しする機会は無かったのですが、
永さんの事務所へ直筆の原稿を一人で受け取りに伺ったときは、
失礼なことがないよう、ものすごく緊張したことを思い出します。

当ブログの2016年6月29日付記事で、
私と同じ4月10日の「駅弁の日」がお誕生日にあたる
シンガーソングライターのさだまさしさんや、さださんの歌曲、
『驛舎(えき)』(1981年リリース)についてご紹介しましたが、
永六輔さんも同じく、4月10日の「駅弁の日」のお生まれです。

さだまさしさんも永六輔さんとの親交が深く、お別れを悼んで、
「僕の歌曲のひな型のような作品をたくさん作られた人」
「僕がペーペーの頃からずいぶん目をかけてくださった」
と、想いを寄せられたそうです。

 出典)産経ニュース(2016.7.11):【永六輔さん死去】
    (こちらをクリック)

私にとって永六輔さんの存在を一番強く感じることができたのは、
1970年にテレビ放送が始まり今も続いている国内最長寿紀行番組、
『遠くへ行きたい』でした。放送開始時、私はまだ幼稚園生でしたが、
永さん作詞の主題歌になぜか、子供ながらも運命の出会いを感じ、
『遠くへ行きたい』が自分自身の“憧れの番組”になっていったのです。
「毎日が旅です」と永さんが冒頭で語ったナレーションが印象に残り、
その言葉が私の人生にどれほど大きく影響したか計り知れません。
(なお、さだまさしさんも同番組で、2000年秋から2004年春にかけ
て、主題歌の歌唱をご担当されています。)

さて、このブログ記事のカテゴリ「旅のヒント」で最初に書いたのが、
奇しくも2015年5月24日付の食堂車に関する記事です。
上述の、永六輔さんに書いていただいた推薦文もまた、
新幹線の食堂車に魅せられて何度も何度も乗車した著者が、
愛惜の念を書き綴った新刊本のために贈ってくださったものでした。
「そしてサヨナラ 食堂車。」
と結ばれているように、その後間もなく新幹線の食堂車は廃止され、
今年3月にはとうとう、定期運行のJR線の長距離列車から、
本格的な食堂車はすべて姿を消してしまいました。
列車のスピードアップで乗車時間が短くなり、車中での食事は
より簡素な車内サービスや駅弁などで十分足りるようになった、
というのが主な理由です。

2016年6月8日付記事2015年5月24日付記事でも触れたの
ですが、私は30年ほど前に大学のクラブ(※)の合宿で長崎を訪れ
た後、春休みの間中、九州各地を旅して回りました。
(※日本大学芸術学部文化部連盟、旅の会“群”というクラブです。)
そのとき、行きに乗った寝台特急が、私の食堂車初体験でした。
ちょうど夕食時で、30代くらいのスーツを着たビジネスマン風の男性
と相席になったのですが、私たちが気まずそうにしていると、気さくに
声をかけてきて、緊張を解きほぐしてくださったのです。
こちらは観光、相手の方は大事な出張旅行でしたのでどう話しを
合わせてよいものか戸惑いましたが、それも今では良い思い出です。

実用目的の定期列車の食堂車はほとんど見られなくなりましたが、
近年では観光資源としての食堂車の魅力が再発見され、いわゆる
「レストラン列車」が各地でちょっとしたブームになっています。
先の2015年5月24日付記事のほかに、2015年6月19日付記事
でもご紹介したように、当店「しゃしんのポップ」がある埼玉県の入間
エリアでも、今年の春から「西武 旅するレストラン 52席の至福」
西武鉄道により運行を開始しています。

ただ、こうした観光用の「レストラン列車」は一部を除き予約席中心
ですから、旅の目的も異なる見知らぬ誰かとの偶然の相席はまず、
期待できそうにありません。そこはちょっと、寂しくもあります。
(カツカレーみたいな大衆的定番メニューも今や絶滅危惧種です。)

「毎日が旅です」と、番組から私を旅の世界へ誘ってくださった
永六輔さん。本当に遠くへ行ってしまわれて、
「そしてサヨナラ 食堂車。」は、私の中では遺言になりました。
同じ「駅弁の日」生まれ同士のさだまさしさんにとっては、
「僕の歌曲のひな型のような作品をたくさん作られた人」。
私にとっては?
私に、旅先からたくさんの憧れを届けてくださった人。
いえ、言葉では言い表せません。ですがたとえ、
いっときでも、間接的にでも仕事を通じ関係させていただけたことに、
やはり運命の出会いを感じないではいられません。

永六輔さん、色々と、どうもありがとうございました。
どうぞゆっくり、旅のつかれを癒してください。合掌。

(当ブログの2016年11月19日付記事も、あわせてご覧ください。)
posted by 安瑠芭夢家 しゃしんのポップ at 22:29| 旅のヒント