2018年04月25日

「光画部」の思い出 〜暗室よ永遠に〜 黒白フィルムおよび黒白印画紙販売終了のご案内が富士フイルムさんからありました

2018年5月5日追記)

2010年1月に販売終了した黒白(白黒)フィルム製品の、
日本での再販売開始のお知らせです。

  コダック アラリス ジャパン株式会社
  プレスリリース・お知らせ | 2018年4月27日
  KODAK PROFESSIONAL T-MAX P3200 販売開始のお知らせ

KODAK PROFESSIONAL T-MAX P3200 は
感度設定を変えられるパンクロ白黒フィルムです。
通常感度は800ですが、
3200またはそれ以上の感度への増感が可能な設計となっています。
近年のフィルム撮影需要の分析に於いて、
白黒フィルムの売れ行きが伸びている市場の傾向から判断して、
日本での再販売を開始いたします。
(ニュースリリースより要旨を抜粋)

2018年5月5日追記)

よくある話し、なのかもしれません。

▽No comment.
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 (c)富士フイルム



  黒白フィルムおよび黒白印画紙販売終了のご案内が
  富士フイルムさんからありました

  黒白フィルムおよび黒白印画紙 販売終了のご案内
  お知らせ | 2018年4月6日 | 富士フイルムイメージングシステムズ(株)
  http://ffis.fujifilm.co.jp/information/articlein_0081.html

長年ご愛用いただきました黒白フィルムおよび黒白印画紙につきまして、
生産効率の向上や経費節減など懸命なコスト吸収につとめてきましたが、
需要の継続的な減少により安定的な供給が困難となりましたので、
(全種類)販売を終了させていただきます。
(ニュースリリースより要旨を抜粋)

  (↑ニュースリリースへのリンクが記事の見出しのサブタイトルって(´д`)?)

ゆうきまさみさん原作の学園コメディ漫画『究極超人あ〜る』の舞台、
私立春風高校の「光画部」を、皆さまもご存じでしょうか。
今回はその「光画部」に関するお話しです。長いです(適当なところまでskip↓)。

1932〜1933年にかけて日本で刊行された新興写真家の同人雑誌『光画』が、
「光画部」の名前の由来です(記事の最後に最新情報の関連リンクがあります)

同人雑誌『光画』は、かのドキュメンタリー写真の大家、
木村伊兵衛先生(1901年12月12日〜1974年5月31日)が
参加されていたことでも知られています。

「写真は英語で「photograph(フォトグラフ)」ですが、
その直訳を漢字で表現すれば『光画』になる、ということです。
今や「photo」だけでも「写真」という意味で世界中通用するように、
キーワードは何といっても「光」です。
「photograph」は中国語で「照片(ピンイン)」だそうです。
「光画」に近いですね。

19世紀初頭に発明され、1839年8月以降急速に商業化が進んだ写真ですが、
写真家たちの芸術的表現は絵画などの伝統的な美術の模倣から始まりました。
写真機材や材料が進歩すると20世紀初頭に世界中で新興写真が流行りました。
それが近代に通じる報道写真も含む写真独自の芸術的表現の契機になります。
もっともIT化が進んだ現代ではほとんど、「何でもあり」な感じではありますけど。

 ご参考)
  『朝日選書146 写真芸術』 1979年11月 朝日新聞社発行
   著者:金丸重嶺(1900年7月10日〜1977年12月7日)
    1939年、日本大学専門部芸術科写真科の主任となる。
    (現日本大学芸術学部写真学科を創設。)
    ヨーロッパの新興写真を基にした、
    新しい写真表現を中心とした写真教育を始める。

前置きが長くなりましたが、春風高校「光画部」のモデルになったのが何を隠そう、
私の母校である都立板橋高校の「光画部」(現在は「写真部」として存続中)です。
『究極超人あ〜る』作者のゆうきまさみさんには身近な人がモデルの作品が多く、
アンドロイドの主人公R・田中一郎や脇役OBたわば先輩(作家のとまとあきさん)、
同じく鳥坂先輩は皆、私の数年上の先輩方がモデルです。

また、エピソードの多くは実話がネタになっています(信じられないと言われても)。
1985〜87年の連載終了後、最近も読み切り作品が発表されるほどの人気です。
光画部時間? はて何のことでしょう(当店の仕上り時間のことでもないですね〜)。
なお1年上の先輩に小説家の吉本ばななさんがいますが作中には登場しません。
(こわい先輩というイメージではなかったです。)

吉本ばななさんとは、学科は別ですが大学もご一緒させていただきました。大学
卒業後、吉本ばななさんがアラーキーこと写真家の荒木経惟さんとの某誌企画
の対談で「光画部」を話題に出し、荒木経惟さんが「光画、懐かしい」とおっしゃら
れていたのが印象に残っています。

「光画部」の象徴が『究極超人あ〜る』にも登場する、引き伸ばし機が置かれた
暗室です。部室も兼ねていました。もちろんエアコンなんて無いですよ。文化祭
の前など残暑厳しい中を泊り込みで、各自展示用の写真プリントに励むのです。
現像液の温度は上がる一方なので、写真の仕上がりもコントラスト高めでした。
(温度の影響の受け方は写真印画紙の特性や使用法にもよります。)

引伸ばし機は、撮影用コピースタンドに、カメラではなくフィルムの映写機を装着
したような構造で、台板に映写したネガフィルムの画像を写真印画紙へ焼き付け
(露光)する仕組みになっています。文字通り「光画」です。露光が済んだ印画紙
をバットに張った薬液で現像処理するまで、写真プリントの全工程が外部から光
の漏れない暗室内で行われます。一応、オレンジ色の薄暗いセーフライトは灯り
ますが、これは黒白印画紙専用で、カラー印画紙用のは点灯しているのか分か
らないほど暗い照明です。ただし、高校でカラープリントもできる写真部は稀で、
「光画部」も黒白専門でした。文化祭の展示では毎回「なぜカラー写真が無いの」
と、観客の方々から言われましたが。

文化祭前以外の暗室は放課後、部員たちの溜まり場になります。室内は外から
まったく見えないですが、先生方からよほど信用されていたのでしょう。おかげ様
で今なお「光画部」は漫画のネタに尽きません。

文化祭前以外でも写真を焼きたい(プリントしたい)部員がいればほかの部員は
暗室から退却する暗黙のルールがあったのですが、退却しない部員もいました。
逆に文化祭前だけ顔を見せ暗室で作業する「幽霊部員」と呼ばれる者もいました。
普通、活動しない者の方が「幽霊部員」と呼ばれるのですが(ちなみに文化祭用
の大判サイズの印画紙は本人負担でなく年度予算の部費で賄われていました)。
ともあれ、展示作品数が多いことは良いことです。

かつては高校だけでなく、小、中学校とも暗室を備えた写真部の活動が盛んで、
卒業入学の記念写真や学生証の写真、遠足や移動教室等の出張撮影で出入り
していた最寄りの写真屋さんが、暗室用品や材料を手配してくれていたものです。
写真の腕が良い生徒さんは卒業後その写真屋さんに就職し、経験を積んでから
独立して自分の店を開くこともありました。カラー写真の普及と指導できる先生の
減少で昔ながらの慣わしも40〜50年前には廃れてしまったのですが、中学1年
の夏休みに一度だけ、級友が有志を集め写真部の元顧問の先生にお願いして、
暗室を復活させていただいたことがありました。OBで、フリーの出張カメラマンを
しているお兄さんが指導に来てくださり、私も誘われて貴重な体験ができました。

私は中学時代から自宅の風呂場や自分の部屋の窓にダークカーテン(黒い幕)
を貼り、黒白写真の現像、引き伸ばしをしていました。それでも「光画部」の暗室
は日常よく活用した方だと思っています。「お前は部員じゃなく暗室利用者だろ」
と、暗室から占め出された同期からは恨めしそうに皮肉られもしましたけど。

卒業アルバム用の校内行事のスナップ写真撮影も黒白で、伝統的に光画部員
のボランティアでしたが、「何だかお前の作品集みたいだ」とも冷やかされました。
そのアルバムは卒業式当日、式の後で配られたのですが、中学、高校を通じて
同級生だった女の子がいきなり私の席に来て「何これ。どうでもいい写真撮って。
こんな校内風景得意気に撮るのあなたね。どうして私の写真ちゃんと撮ってくれ
なかったの?」と言い捨てて帰ってしまいました。彼女とは卒業後も何度か仲間
内で再会の機会はあったのですが、結局話しをすることはもうありませんでした。
当事の私にはただ自己主張が強い気難しい女の子にしか思えなかったのです。
私自身の未熟さなど少しも顧みないで。

高校卒業後20年以上たって、各校の卒業アルバム撮影のお手伝いの仕事を
させていただくようになって、楽しそうな生徒さんたちを撮らせていただくたびに
彼女の言葉を思い出し、後悔で胸が苦しみました。卒業アルバムの制作費は
主に、生徒の皆さまの保護者の方々がご負担してくださるものです。そのお金
が私の生活のための写真撮影の収入源になるのでとてもありがたいことなの
ですが、「時は金なり」というのに、過ぎた時間はお金で買いもどせないのです。
今はもう私もお店の経営に専念する立場ですから、卒業アルバム写真撮影の
お仕事は、若手の新人カメラマンさんたちにお譲りしています。

高校を卒業し、日芸の写真学科へ通うようになってからも、実習や課題の制作は
黒白フィルムでの撮影がほとんどでした。大学でも自宅でもフィルム現像や写真
プリントの暗室作業はごく日常的な営みでした。写真学科棟に入った途端、現像
用の薬液の臭いが鼻をつくくらいでしたから。当時カラー写真は長期保存に向か
ないとされ、美術館収蔵用の写真作品は黒白プリントこそ価値があると考えられ
ていたのです。もちろん、カラー写真プリントの暗室実習もありましたが、時間は
少なく、経済面からも黒白写真の方がはるかに安上がりという事情が優先でした。

写真を学ぶということは、暗室作業から工程を逆にたどり撮影計画を組み立てる
術を身に付けることでもありました。これは今のデジタル撮影でも同じです。まず
パソコンを勉強しなければ、社会に出たとき周囲から迷惑がられてしまうでしょう。

お話しを「光画部」へもどしますね。何回見ても面白いと評判の、1991年に制作
された『究極超人あ〜る』OVA(オリジナル・ビデオ・アニメーション)の劇中では、
クライマックスに至るJR飯田線沿線を巡る珍道中のエピソードが描かれています。
今なお本作の新しいファンを開拓し続けている伝説のエピソードですが、こちらも
実話がネタになっています。ただし飯田線(当時は国鉄)の撮影旅行は「光画部」
ではなく「鉄研(鉄道研究部、現在は廃部)」の恒例行事でした。もっとも「鉄研」の
前身は「光画部鉄道写真班」でしたから、部員の多くは兼部していて両方の行事
でもあったのです。そのような訳でどちらの部の顧問の先生も無干渉かつ放任で
(「鉄研」の顧問は私の担任の先生でもありましたが)、OBの諸先輩方が引率の
保護者代わり(?)でした。私も「鉄研」部長と「光画部」副部長とを兼任しておりま
したので、本作主役のモデルになった3人の先輩方には、何かと、色々な意味で
お世話になりました(「光画部」より「鉄研」でのご縁の方が多かった気もしますが)。

私が高校に入学して最初に迎えた春休みに、国鉄から「青春18のびのびきっぷ」
(現JR発売「青春18きっぷ」の前身)が発売され、高2の夏休みから大学卒業まで、
ほぼ毎回発売のたび普通列車や、当時まだ現役だった鉄道連絡船を乗り継いで、
沖縄県は除いて日本中を旅仲間と、時に一人で旅して周りました。旅が目的なの
か写真撮影の手段なのかはあまり深くは考えていませんでした。フィルムはほぼ
黒白で、自分で現像、プリントをしていたので本当に安上がりでした。夜行の普通
列車や鉄道連絡船、あるいは深夜もそれら夜行便の発着がある駅の待合室など
で寝泊まりし宿代を浮かせました。旅から帰ればまたバイトと暗室に入り浸ります。
バイト先の一つに今は無き某大手カメラ屋チェーンの川越マイン店があり、今でも
カメラのキタムラ川越マイン店さんとして存続しています。駅前は大変身ですが。

思えば中学、高校、大学の10年間、私の青春はずっと暗室か線路の上でしたね。
その感覚がもはや当たり前のように、我が身に染み付いてしまっていたわけです。
当店「安瑠芭夢家 しゃしんのポップ」最寄りの越生駅は、古き良き国鉄時代の駅
の面影を現在に伝えていて、駅本屋(駅舎)の待合室は、まさに学生時代に旅先
で夜明かしした、懐かしい空間そのものです。「青春18きっぷ」のポスターが貼り
出されるといつも、そこに写っている情景からあの頃のことを思い出すのですが、
撮影者の方のご苦労は私の想像の範囲を超えています。「誰だって撮れるよ」と
思っているあなた、どうか一度代ってあげてくださいな!
(当ブログの2017年5月31日付記事も、あわせてご覧ください。)

さて、本題です。冒頭の見出しのタイトルにもどりますね。

  黒白フィルムおよび黒白印画紙販売終了のご案内が
  富士フイルムさんからありました

  黒白フィルムおよび黒白印画紙 販売終了のご案内
  お知らせ | 2018年4月6日 | 富士フイルムイメージングシステムズ(株)
  http://ffis.fujifilm.co.jp/information/articlein_0081.html

長年ご愛用いただきました黒白フィルムおよび黒白印画紙につきまして、
生産効率の向上や経費節減など懸命なコスト吸収につとめてきましたが、
需要の継続的な減少により安定的な供給が困難となりましたので、
(全種類)販売を終了させていただきます。
(ニュースリリースより要旨を抜粋)

富士フイルムさんの見込みでは今年、2018年10月頃から、黒白フィルムおよび
黒白印画紙の全種類が、順次出荷終了になるというお知らせです。1934年以来
の創業事業から、ついに“完全撤退”ですね。新興写真よ永遠に。暗室よ永遠に。

直接、富士フイルムさんの黒白フィルム、黒白印画紙製品のお世話になったのは、
先のお話しのように中学、高校、大学の10年間だけでした。それからちょうど30年
の時を経ての「販売終了のご案内」ですから、私自身は特に困ることはありません。
当店「安瑠芭夢家 しゃしんのポップ」でも、すでに8年近く前にお取扱いを終了させ
ていただいています。拡販に貢献しなくてごめんなさい、富士フイルムさん。ここは
今までの感謝の想いを語るべき場にしないといけないことは分かっているのですが。

黒白フィルム、黒白印画紙および現像用薬品などは、まだ他社の老舗ブランド品
がある程度は販売継続されるようです。『究極超人あ〜る』を読み返しながらまた、
ご自宅に「光画部」の暗室を復元してみるのも良いかもしれません。ただし。

引き伸ばし機については、私も愛用したLPLという国内メーカーの製品が、わずか
ですが販売継続中です。問題は引き伸ばしレンズで、最後とみらる製品がこの春、
生産終了になりました。引き伸ばし機とも中古品を探す方法もありますが、露光用
のランプは専用品のため入手困難が予想され、それ相当のリスクは覚悟する必要
があるでしょう。カラーフィルム用引伸ばし機とその付属品についても同じ状況です。

黒白フィルムもカラーフィルムも、透過原稿用スキャナーを通せばデジタル画像と
してデータ化できます。店頭に業務用フィルムスキャナーを設置し、当日仕上げの
サービスに対応している写真店さんもまだありますが、当店のフィルムスキャナー
は4年前に老朽化のため修理を断念し受注終了いたしましたのでご了承願います。

関連リンク) お急ぎください!
  東京都写真美術館公式サイト
  展覧会 『光画』と新興写真 モダニズムの日本
  3Fにて 2018年3月6日(火)〜5月6日(日)まで開催
posted by 安瑠芭夢家 しゃしんのポップ at 02:02| フォトライフ