2019年08月09日

今日、2019年8月9日は、74回目の長崎原爆忌です

*この記事は、当ブログ2019年8月6日付記事の続きです。

今日、2019年8月9日は、74回目の長崎原爆忌です。

1945年8月9日午前11時2分、アメリカ軍は長崎市に核爆弾(原子爆弾)を投下し、
その3日前の8月6日午前8時15分には広島市にも核爆弾を投下しました。
両方合わせて、約24万6千人もの多くの方々が、
被爆から4か月以内に亡くなられたと伝えられています。

私もこの両日、犠牲になられた方々を悼み、平和への誓いを新たにしました。

今年の8月6日は火曜日で、当店も定休日でしたので、
久しぶりに日中、自宅でテレビを見ることが出来ました。

その日は、元号が新しく「令和」になって初めての「原爆の日」でした。
万葉集研究の第一人者で新元号「令和」の考案者とも言われている、
教育者、文学者の中西進先生が、テレビ朝日の『大下容子ワイド!スクランブル』
にご出演されていらっしゃって、貴重なお話しを聞かせていただくことができました。
「令和」の典拠は日本最古の歌集『万葉集』で、国書由来の元号は初めてだそうです。

なお、中西進先生ご自身は、
新元号「令和」の考案者が実際どなたなのかについては今も言及はされていません。

 関連リンク)
  『大下容子ワイド!スクランブル 第2部』 tv asahi|テレビ朝日 (公式)
  2019年8月6日(火) 12:50 〜 13:40 放送
  http://www.tv-asahi.co.jp/scramble/ (番組ホーム)
  原爆投下から74年…「友が原爆の犠牲に…」
  令和“名付け親"中西進氏が告白「平和」への願い「令和」に込めた思い

中西進先生は、広島高等師範学校付属中(現広島大付属中・高)に2年間通った後、
東京に転校されました。そのため被爆はされなかったのですが、広島の恩師や友人
の方々を原爆で何人も失ってしまった、お互い将来の日本でやりたいことがたくさん
あったと番組の中でおっしゃられていました。被爆の瞬間、無念を感じる間もなかった
方も、大勢いらっしゃったことと思います。

そのことは、
次の『中国新聞デジタル』の2019年7月30日付記事でも伝えられました。

 関連リンク)
  『中国新聞デジタル』 2019年7月30日付記事 (こちらをクリック)
  被爆死の恩師、令和に悼む 中西進さんら「万葉集語りたかった」
 新元号「令和」の考案者とされる万葉集研究の第一人者、中西進・大阪女子大元学長(89)=京都市=たちに広島高等師範学校付属中(現広島大付属中・高)で国語を教え、31歳で被爆死した教諭がいた。新元号の出典となった万葉集を愛した歌人でもあった瀬群(せむれ)敦さん。令和初めての原爆の日を前に、中西さんたち教え子がその死をあらためて悼んでいる。

〔中略〕

 中西進さん本人の話によると、万葉集研究の直接のきっかけは付属中に2年間通った後、東京に転校してから。一方で「広島で国語の面白さを学んだ。万葉集などを話題に瀬群先生とさらに親交を深めたかった」と話し、被爆死を「ああ、若くして…」と惜しむ。

 同校の慰霊碑は、瀬群さんたち教職員8人を含む101人の学校関係者の名前が原爆死没者として刻まれている。中西進さんの同級生の多くは、被服支廠で被爆した。「私も転校せずに広島にいれば、被服支廠で被爆していただろう。戦争は二度と起こしてはならない」。原爆の日に向け、新時代が平和であるよう同級生たちと願いをともにする。

(水川恭輔)

出典)上記、『中国新聞デジタル』 2019年7月30日付記事より抜粋。

中西進先生によると、
新元号「令和」の「令」は、「麗しい」という意味に通じ、
「和」は「平和」の「和」を表せるとのお話しでした。
同時に、「令」は「自律」をも意味しているということです。
「令和」は、国民が(受け身にではなく)自らを律することで、より平和な時代が築かれ
るよう、考案者の思いが込められた元号なのだと、先生はお考えのようでした。

中西進先生はまた、
「日本国憲法第9条」を「世界の真珠」だとおっしゃられていることも、
番組では紹介されていました。

そのことは、
次の『毎日新聞』の2019年6月11日付東京朝刊記事でも伝えられました。

 関連リンク)
  『毎日新聞』 2019年6月11日付 東京朝刊記事
  令和:平和への祈りうるわしく 国文学者・中西進さんに聞く
  https://mainichi.jp/articles/20190611/ddm/010/040/007000c
初夏の京都で国文学者の中西進さん(89)に会った。新元号「令和」の考案者とされる万葉集研究の第一人者である。3時間に及ぶインタビューで中西さんは令和を「うるわしく平和に生きていく願いがこもった元号だと了解していいでしょう」と語った。そして忘れ得ぬ戦争体験を明かし、不戦を誓った憲法9条を「世界の真珠」とたたえた。
【鈴木琢磨】

出典)上記、『毎日新聞』 2019年6月11日付 東京朝刊記事より抜粋。

先日の当ブログ2019年8月6日付記事で、
私の父方の祖父が宝飾品や装身具の製造卸売業を営んでいたことをお話ししました。
父もまた、伯父が継いだ祖父の会社を手伝い、その後独立し自営業で貴金属宝石類
の卸売業を営みました。真珠も、もちろん、祖父や伯父、父たちの主要な商品でした。

なお、祖父の会社は次男にあたる伯父が継ぎました。長男にあたる伯父、吉川泰雄は
言語学者、国語学者、歌人としての道を歩み大成したのですが、私は子供の頃八王子
の里山のご自宅でお会いして以来、晩年葬儀に参列するまで、一度も親戚付き合いを
したことはありませんでした。末っ子の父とは年がだいぶ離れていましたが、兄弟仲は
とても良かったようです。弘樹という名も父が、伯父、泰雄に頼んで命名していただいた
名前です(私事で恐縮です)。

さて、宝石の主なものは鉱物ですが、生物由来の宝石類も種類は多く、
化石では黒玉(こくぎょく、ジェット)、アンモライト、琥珀(コハク)などが、
化石以外では真珠、サンゴ、螺鈿(らでん)、青貝、シェル、象牙、鼈甲(べっこう)など
が良く知られています。詳細は『Wikipedia』(宝石 - Wikipedia)をご参照ください。

中でも真珠は、貝殻や歯などの生体鉱物(バイオミネラル)に含まれ、
アコヤガイなど生きている真珠貝の体内で長い時をかけて育まれる希有な宝石です。
そして、他の宝石類と異なり、表面を少し磨くだけで、一部をカットしたり穴あけ加工を
したりする場合があるほかは、ほぼそのままの姿で宝石として用いられます。

 関連リンク集)
  ミキモト真珠島|MIKIMOTO PEARL ISLAND (公式)
  http://www.mikimoto-pearl-museum.co.jp/
  壱岐真珠便り | CITIZEN JEWELRY 【シチズンジュエリー】 (公式)
  http://jewelry.citizen.co.jp/report/

生命の営みにより育まれる宝石、真珠はそのままの姿が輝かしく尊いのです。同時
に極僅かにいびつでもあります。養殖真珠の「核」は、生きた貝にとって体内を刺激
する異物で、それが真珠層で包まれることで体内は傷つかないと考えられています。
中西進先生が、「日本国憲法第9条」が正しくそのようだとおっしゃられているのかは、
私には分かりません。表は綺麗でも、その奥には苦しみの歴史が秘められています。

「日本国憲法第9条」の条文は、いかなるいきさつを経たにせよ、人の希有なる営み
により育まれたもので、そのままの姿を後から複雑にカットしたり研磨したり彫ったり
できない性質のものなのです。なのでその改憲を議論するなら、条文の価値を受け
入れるか否かの話しになると思います。

どちらを選んでも良い。そして、その責任は重い。

そういうことだと思います。

日本にとって、世界にとって、多分永遠の課題でしょう。

*この記事は、当ブログ2019年8月15日付記事へ続きます。
posted by 安瑠芭夢驛(アルバムステーション) 吉 川 写 真 店 at 21:08| 未分類